【読書感想】『職業としての小説家』は、丁寧な生きかたのバイブルだった
週2読書家のやっちです。
読むのに1週間かかりましたが、村上春樹さんの「職業としての小説家」とてつもなく面白い大作でした。
良い小説を書くための方法論を期待されている方には役に立たないかもしれません。
しかし小説家として生きていくにあたり、日々をどう過ごしていく必要があるかはよく見える本となっています。
自分の断片を、確かなものとして日々の生活で少しずつ積み重ねていくことでしか、良いものが生まれないということを人生を通じて教えてくださっています。
小さい頃から「王様のブランチ」という番組で人気の著書を紹介するコーナーではいつもその名を聞いておりました。
そんな誰もが聞いたことはあるであろう小説家、村上春樹さんの自伝エッセイ(本人はそのつもりではない)です。
いま、世界が渇望する稀有な作家──
村上春樹が考える、すべてのテーマが、ここにある。
自伝的なエピソードも豊かに、待望の長編エッセイが、遂に発刊!目次
第一回 小説家は寛容な人種なのか
第二回 小説家になった頃
第三回 文学賞について
第四回 オリジナリティーについて
第五回 さて、何を書けばいいのか?
第六回 時間を味方につける──長編小説を書くこと
第七回 どこまでも個人的でフィジカルな営み
第八回 学校について
第九回 どんな人物を登場させようか?
第十回 誰のために書くのか?
第十一回 海外へ出て行く。新しいフロンティア
第十二回 物語があるところ・河合隼雄先生の思い出
あとがき
「MONKEY」大好評連載の<村上春樹私的講演録>に、
大幅な書き下ろし150枚を加え、
読書界待望の渾身の一冊、ついに発刊!
すべての夢追い人へのメッセージ
この本に書かれているのは、これから何か目指すべきものを持つ人への力強いエールと感じました。
特に、自分には特別な才能がない、勉強ができるわけでもないなど、自分のことを「普通」と思う人には村上春樹さんのあり方は勇気になるでしょう。
というのも、いわゆる普通の人であった村上春樹氏が小説や純文学を学ぶことなく文芸誌の新人賞をとるために培ってきたことは、体験による想像力だったからです。
どれだけそこに正しいスローガンがあり、
美しいメッセージがあっても、
その正しさや美しさを支えきるだけの魂の力が、モラルの力がなければ、
すべては空虚な言葉の羅列に過ぎない。
本書によれば、言葉が先ではなく、まずは支える力を育てる必要があるようです。
つまり、力ある言葉を表現するためには、たくさんの体験が必要であると受け取っています。
たくさん経験し、良いことも悪いことも体感していくことが小説家だけでなく目指すべき道がある人たちへのメッセージです。
偏見、先入観、トラウマなどによって体験していないことがあるのであれば、あえてやることでヒントが見つかるかもしれません。
本能や直感は決意によって導かれる
多くの場合、作家の本能や直感は、論理性の中からではなく、
決意の中からより有効に引き出されます。
藪を棒で叩いて、中に潜んでいる鳥を飛び立たせるようなものです。
どんな棒で叩こうが、どんな叩き方をしようが、結果にたいした違いはありません。
とにかく鳥を飛び立たせれば、それでいいのです。
会社員時代って、「いつかこうなれたら」「3年後には自分で事業ができたら」なんてことを考えますよね。
本を読んだり、セミナーに行ったり、尊敬する人から学びを得たり、準備を進めている人が多いと思います。
村上春樹氏によれば、やり方よりも、飛び立つことが大事ということですね。
僕も今ならハッキリと言えますが、まず必要なのは決意だけなんですよね。
知識がいかに優れている人でも、論理のみを追いかける人というのは、本能や直感に従う人と比べおもしろみに欠けるというのも、なんだか納得できます。
先に論理を組み立てることも悪くはないですが、本能による行動を後から観察しつつ論理の組み立てをしたほうが、長い目で見たらうまくいきそうに思います。
決意があるからこそ、おもしろみが増していくということですね。
オリジナリティーとは何か?
村上春樹氏は、本書で「オリジナルである」という条件を以下のように示しています。
- ほかの表現者とは明らかに異なる、独自のスタイル(サウンドなり文体なりフォルムなり色彩なり)を有している。ちょっと見れば(聴けば)その人の表現だと(おおむね)瞬時に理解できなくてはならない。
- そのスタイルを、自らの力でヴァージョン・アップできなくてはならない。時間の経過とともにそのスタイルは成長していく。いつまでも同じ場所に留まっていることはできない。そういう自発的・内在的な自己革新力を有している。
- その独自のスタイルは時間の経過とともにスタンダード化し、人々のサイキに吸収され、価値判断基準の一部として取り込まれていかなくてはならない。あるいは後世の表現者の豊かな引用源とならなくてはならない。
これらはすべて満たされていることによってオリジナルとなるわけではなく、どれかが足りないということは大いにあるそうです。
また、2と3に関しては長い時間をかけた検証が必要であり、1だけを満たしたいわゆる「一発屋」が世の中には多いようです。
ヴァージョンアップができずに、5年ぐらい前は目立っていたのに、今は見かけない芸能人、著者、インフルエンサーなどが頭に浮かぶ人もいるのではないでしょうか。
3については、こうしてブログを書くときなど、歴史の偉人の言葉を引用したことがある人もいるでしょう。価値判断基準の一部であり、後世に残せるとはそういうことですね。
昨今ではSNSが当たり前となり、オリジナリティーがあると思われる人たちはたくさん生まれたものの、実は独自のスタイルというだけであって、オリジナルではない可能性があります。
どうせなら、10年20年を考えたオリジナルを目指していきたいものです。
自分の断片を、しっかり刻む
村上春樹さんが本作を書こうと思ったのが発行の5,6年前ということなんですが、仕事の合間で少しずつためてきたものを、そのまま出しているそうです。
小説を出すとなると半年から1年ほどかかるそうなんですが、その元となるものというのは、日々の生活でしかないんですよね。
正直なところ、小説を書くにあたりどのような取り組みをしているのか、読者として期待してしまうところがありました。
もちろん所々で書いてくださっているのですが、「よくわからない」というフレーズがとても多いんです。
そして、よくわからない部分を「よくわからない」とすることが真実なんだろうと、読むほどに確信に変わりました。
考えても、「わからないものはわからない」と言えるほどに考えていることが伝わります。
逆に、村上春樹氏は自分が言語化できることは余すことなく表現しています。
つまり、良い作品を生み出すためには、良質な時間を過ごすと共に、自分が感じたことをハッキリと示しておく必要があります。
それらをぼかすほど読者に伝わるのであろうと思います。
自分の昔話をするようで恥ずかしいんですが、体験と作品づくりを繰り返しても、それが蓄積されて具体化されないと、ただの思い出になるんですよね。
昨日何をして、何ができて、何がわかったのかが一目瞭然ぐらいであれば、1年を振り返るだけでも作品が出来上がります。
村上春樹氏がいかに丁寧に時間を過ごし、自分を見つめていたことが本当によくわかる内容でした。
ひとりの小説家が教えてくれる丁寧に自分を見つめる人生の過ごしかたのバイブル、よかったら読んでみてください。